一般的なランニングシュースには着地点があります。シューズは「どこから着地するのか」ということを前提に設計を行いますので、前足部で着地する前提で設計したランニングシューズは、踵から着地するとシューズのポテンシャルを引き出せなくなります。
さらに、着地点の中でもスイートスポットがあり、そこで着地したときには、驚くような推進力を得ることができます。スイートスポットは設計上広くすることもできますが、その場合はクッション性や得られる反発力が小さくなります。
ナイキの大人気シューズ、ヴェイパーフライ4%は前足部にスイートスポットがあり、そこをうまく掴むことができれば、ソールに内蔵されたカーボンプレートによって大きな推進力を得られることはすでに多くのランナーが知っていることと思います。
同時に発売されたズームフライも同じ原理で推進力を生み出します。ただ、初代モデルはナイロンプレートにカーボンのコーティングを行ったものを使い、さらにはソール素材にはヴェイパーフライよりも安価なものを使っています。
新しく発売されたナイキ ズーム フライ フライニットも当然その思想を踏襲していると思って履いてみましたが、前作とまったく印象が違うシューズに仕上がっていました。前作と何が違うのか、実際に履いて走ってみたレビューをお伝えします。
最高級のフィット感
ナイキ ズーム フライ フライニットのアッパーはニット素材の「フライニット」を採用しています。編み込んで作られたこの素材は、伸縮性があるため靴下のように足に吸い付きます。このため、シューズの中で足とアッパーが擦れるということがありません。
とはいえ、ニット素材の欠点は伸縮性によって、足の動きへの追従がほんの少しだけズレることにあります。足を持ち上げるとき、足が先に上がってニットがやや伸びてからシューズ全体が上がってきます。
また、着地するときには、足がニットの伸縮分だけぶれてしまいます。このため、早い動きには適していないというのが一般的な考え方ですが、ナイキのフライニットは絶妙な伸縮性で、追従の遅れも感じませんし、着地時のブレもありません。
でも足を締め付けるわけでもなく、まるで一枚の皮膚のように自然にそこにあります。
実際にキプチョゲが世界最高記録を更新したのはフライニット素材のヴェイパーフライでした。キロ3分よりも速いペースで走っても、ブレないのですから私たち市民ランナーが履いたくらいでおかしな動きをするわけがありません。
ただし、ブレないようにするためには、正しいフィッティングを行う必要があります。締め付けすぎず、緩すぎず、皮膚の一部になるくらいの最適なフィッティング。これに関しては自分で試行錯誤するしかありません。
2つのスイートスポットを持つ万能に近いシューズ
初めてのランニングシューズを履くときには、まずフラットに着地します。ズームフライですので前足部着地するべきという知識はありますが、そういう情報は思い込みに過ぎず、シューズの本質を掴むのに邪魔になります。
まずはナチュラルな状態で着地して、次に重心を前足部に移したり、かかと側から着地したりして、最適な着地点を探します。ズームフライ フライニットでも、フラット着地でゆっくりと走り出しましたが、どうもおかしい感じがあります。
着地した瞬間に足裏が滑って内旋するような感覚です。あまり長く走り続けるとケガをしかねないものでしたが、その原因をはっきりさせるため、そのまま走り続けました。フラットでも重心をちょっとずらすと滑りはなくなりますが、反発力を得られません。
結局そのときは理由が分かりませんでした。
次に、フォアフットで着地してみました。これは予想通りの挙動があります。リズムカルにきれいな推進力を生み出すことができています。ただ、前作のモデルは少し野性味のある推進力でしたが、このシューズは比較的おマイルド感じがあります。
「洗練された」と表現するのが正しいかもしれません。
常に新しい技術を追い求めるナイキらしいアプローチです。現状維持では絶対に満足せずに、より良い方向を目指してしっかりとチューニングしてきたのが分かります。ただ、驚きはそれだけではありませんでした。
なんと、このシューズはペガサス35やペガサスターボと同じように、かかと部でも走ることができます。スピードを落として重心を後ろにしてジョギングペースで走っても、きちんと推進力が生まれます。
なんとナイキ ズーム フライ フライニットは前後に2つのスイートスポットを持つシューズでした。ということはスピード走にもリカバリー走、ロング走にも使うことができるということです。これ1足あれば、シューズの使い分けが必要なくなります。
もちろんシューズの消耗を考えると、練習内容ごとに履き分けるのがベストですが、シューズにかけられるお金が限られる人にしてみれば、1足で済むのはありがたいところですよね。
ミッドフッド着地では注意が必要
ナイキ ズーム フライ フライニットは2つのスイートスポットがあるので、フォアフットでも踵着地でも履きこなせるように進化しましたが、ひとつだけ大きな問題は生まれています。それはすでにご紹介した、フラット着地時の滑り問題です。
スイートスポットを2つ持たせたまではいいのですが、ミッドフットのように足裏全体から着地しようとすると、土踏まずのやや前方にあるソールが屈曲した部分から着地することになります。ここは着地点として設計されておらず、どうしても滑りが発生します。
「前」か「後」から着地することを前提に設計されているので、フラットな着地には対応できません。ただ、フラット気味でやや前重心にしたり、後重心にしたりすれば滑りは起こさないようにすることは可能です。推進力はまったく生まれませんが。
そして、足裏が滑るデッドポイントも非常に狭いので、ほとんどの人はその影響を受けないかもしれません。ただ、スピードが出ている状態で、何度もデッドスポットを踏みるづけると、膝や足首などを痛める可能性があります。
自分がミッドフット着地している自覚があり、ナイキ ズーム フライ フライニットを履いたら関節が痛くなったという人は、無理にそのまま走り続けずないようにして、重心を前か後ろに移してみてください。
市民ランナーならベストなチョイス
前作のモデルと違い、こちらはヴェイパーフライと同じようにカーボンプレートが使われています。走りがマイルドに感じたのは。おそらくこのためでしょう。カーボンプレートを使ったことで、ヴェイパーフライとの大きな違いはソール材だけになりました。
ただ、このソール材の存在は、決して小さなものではありません。キロ3分台の前半で走るランナーの足を守る必要があるわけですから、かなりしっかりとしたクッション性と反発力が必要になります。
逆に言えばそこまでスピードを出さないのであれば、ナイキ ズーム フライ フライニットで十分だということでもあります。キロ4分くらい、もしくは3分台の後半くらいのスピードなら、ヴェイパーフライ4%はオーバースペックです。
素人がいきなりF1カーを乗りこなすのができないように、見よう見まねでヴェイパーフライ4%を履いても、そのポテンシャルを活かしきることはできません。だったら入手性がよく、価格も抑えられた(それでもまだ高いですが)ナイキ ズーム フライ フライニットを選ばない理由はありません。
これを履いていれば間違いないシューズ。それがナイキ ズーム フライ フライニットへの評価です。ただ、ミッドフット着地をするとデッドポイントを踏んでしまう可能性もありますので、それだけは注意して、重心の位置を前か後ろを明確にしながら走ってみてください。