大規模なマラソン大会がオンライン開催に移行しつつあるという状況で、マラソンやランニングとどう向き合えばいいのか、それぞれのランナーに問われているような気がします。大会がなくても上を目指して走り続けるのか、それとも走ることを純粋に楽しむのか。
考え方はいろいろとあり、多様性がこれからも進んでいくことが予想されますが、シューズメーカーも模索をしているのが感じられます。そんな中でニューバランスが提案したのが「ファッションとランニングの融合」でした。
デザインにこだわって作られた「FuelCell Speedrift」。ネーミングに「Speed」が入っていることが気になり、発売直後に購入しました。すぐに履いて走り出したのですが、久しぶりに打ちのめされることになりました。
ファッションアイテムとしてのランニングシューズ
「FuelCell Speedrift」はニューバランスの中でも立ち位置がわかりにくランニングシューズです。公式サイトでは次のように紹介されています。
「本格的なランニングシューズとしてのテクノロジーを有しながらもファッションとして昇華させたランニングシーンでもライフスタイルシーンでも活躍する一足」
ランニングシューズとファッションの融合をテーマにしているため、公式サイトの説明ではその部分が繰り返し強調され、シューズの機能性についてはほとんど語られていません。このため、本格的なランニングシューズといっても初心者向けなのかシリアスランナー向けなのかわかりません。
店舗を限定しての販売となっていますが、ニューバランスの直営店を除くとスポーツ店ではなくファッション系のショップでの販売になっています。このことからもスニーカーに近い位置づけなのがわかります。このため、実際に履いて走るまでは、シューズのポテンシャルには期待していませんでした。
正直なところネタ枠としての購入で、思うように走れずに普段履きになるというストーリーを描いていたのですが、完全に裏切られました。
軽量ではないが重さは感じない
まず気になる重さですが、25.5cmで約240gになっています。ニューバランスは基本的にシューズの重さを公表しないスタンスなので(おそらく何らかのポリシーがある)、ショップで試し履きするまでは、重さは不安要素のひとつでした。
ランニングシューズは軽くあるべき。私はそう考えているタイプですので、重たかったらその時点で普段履きになるか、想像以上に重たかったら購入しなかったかもしれません。ショップで手にしたときに、軽さは感じなかったものの、重たいわけでもなく、問題はないと判断しました。
念の為、店員さんに重さを確認しましたが、「軽いとしか言えない」と濁した回答でした。直営店でしたので、重さを明確にしないのは、やはりニューバランスのポリシーなのでしょう。仕方ないので購入してから計測したら、上記の値だったというわけです。
片足240gはレースシューズと考えるとやや重く、マラソン大会で履くなら200g以下が理想だと思っていますが、実際に走ってみるとそこまで重さは感じません。むしろシューズを履いている感覚がなくなる瞬間すらあります。
シューズにかかる重力が反発力によって打ち消される。このため裸足で走っているかのような感覚で足をコントロールできます。
反発力が大きく反応が速い
足を入れたときには「弾力性のある柔らかさ」を感じます。柔らかく体重で沈むのではなく、きちんと押し返されているような感覚。足裏全体で押し返しているわけではなく、場所によって強弱があります。これによりきれいな立ち方、歩き方を促しているのかもしれません。
ただし、立っているときや歩いているときの安定感は低め。走ったときの安定感を重視しているので、歩行くらいの負荷だとソールが十分に変形せずに、不安定感を生み出すのかもしれません。そう考えるとスニーカーとしては失敗な気がしますが、ランナーほど体重を絞っていないなら、体重によって変形する可能性があります。
いずれにしても、履いて歩いた感じはそれほど心地よくありません。ところがランニングに切り替えると評価が180℃変わります。足裏全体で体重を支えてくれるだけでなく、踵から足を持ち上げてくれる感覚があります。これによりスムーズな足の運びとなります。
通常のランニングシューズは足の甲でアッパーを持ち上げる形になるので重さを感じますが、FuelCell Speedriftは足を上げる動作よりも早く反発するので、足よりもシューズが先行します。地面を押した力がそのまま推進力になり、足の回転がどんどんと上がっていく。
この動きからも「Speed」のネーミングが飾りではないことがわかります。
スピードに乗りやすいがコントロールしきれない
せっかくだからどれくらいのスピードを出せるのか試したくて、1kmのタイムトライアルをしてみましたが、200m走ったところで断念しました。スピードのコントロールができず、とても1km走りきれそうになかったので。
個人的な事情で1ヶ月ほどラントレーニングをほとんどできていなかったというのもありますが、GPSランニングウォッチに表示されているペースがすでにおかしい。私の1kmベストタイムが3分20秒程度ですが、簡単に3:00/kmが表示されます。
何も考えずに出力を上げていくと、足の回転数が気持ちよく上がっていき、2:40秒/kmになります。もちろんそのペースを維持することはできませんが、簡単にスピードを出せます。
その理由はやはりソールの反発力にあります。公式サイトでは記載はありませんが、FuelCell SpeedriftはFuelCellだけでなくペパックス素材のプレートを採用しています。プレスリリースにも当初はペパックス素材のプレートの表記があったはずですが、先ほどチェックしたら消えていました。
このため、実際にプレートが入っているかどうかは切断してみないとわかりませんが、インソールの下に1枚のクッション材があり、その下にプレートらしき素材が見えるので反発力を生み出す素材が使われているのは間違いありません。
いずれにしても、はっきりしているのはFuelCell Speedriftはただのファッションアイテムではなく、本気で追い込めるランニングシューズだということです。履きこなせるだけの筋力が付けば、フルマラソンでサブ3を狙えるようなシューズです。
ペガサスターボのイメージと重なる
FuelCell Speedriftの推進力は、どことなくペガサスターボに似ています。足裏全体で反発をもらえる感じがあり、それでいてクセもそれほど強くありません。走りながらシューズにサポートされている感覚がありながらも、強引さがありません。
初代のペガサスターボの重さが200gちょっとですので、ペガサスターボのほうが軽いのですが、すでにお伝えしましたように、FuelCell Speedriftは実質的に重さを感じません。フルマラソンの後半になるとどうかはわかりませんが、おそらくハーフマラソンくらいまでなら問題ないでしょう。
ただシューズのポテンシャルとしてはFuelCell Speedriftのほうが高いように感じます。スピードもFuelCell Speedriftのほうが出せますし、何よりもきれいに足を回すことができます。ペガサスターボもいいシューズですが、スピードという点ではやや劣ります。
これは好みが分かれる部分で、サブ3くらいならスピードはいらないという考え方もできますので、どちらが優れているという問題ではありません。ただ、同等レベル、もしくはワンランク上のランニングシューズであるということをお伝えしたかっただけです。
FuelCell Speedriftは、決してファッションアイテムではないということが伝わればOKです。
マラソン大会がない時代におけるランニングシューズ
おそらく大規模なマラソン大会はしばらく開催されません。いくつかの大会は開催前提で動いていますが、陸連の提示した方針に従うと、ほとんどのマラソン大会が開催に踏み切れません。そうなってくると、マラソンやランニングのあり方が変わってきます。
自分の走力を高めたいという人も、それを発揮できる場がないといつまでも高いモチベーションを維持できません。でも、記録を狙うだけがランニングではなく、自分の好きなように走ってもいいわけです。走るペースだけでなく、ファッションも含めてもっと個性的であってもいい。
そういうランニングやマラソンのあり方が変わることが予想される中で、ランニングシューズとファッションの融合というのは可能性を感じますし、これからもっとそのようなコンセプトのランニングシューズが増えていくはずです。キロ3分台で走れるスニーカーが街にあふれるかもしれません。
FuelCell Speedriftはその先駆けになる1足です。記録を狙うならもっと良いシューズがあります。でも速さを追求しつつも個性的でありたいと思うなら、FuelCell Speedriftは選択肢に入ってくるシューズです。
- ムダのないフォームに促してくれる
- 足裏も含めて筋力を高めてくれる
- 驚くほど簡単にスピードを上げられる
- ファッションアイテムとして街履きできる
こんな魅力の詰まった1足ですので、買って失敗したということにはならないかと思います。唯一欠点を挙げるなら、赤色の発色が強くて44歳のおっさんランナーには眩しすぎるということでしょうか(写真よりも赤い)。レビューのために目立つ色を選んでしまいましたが、グレーにしておけばと軽く後悔。
でもたまには若者気分でFuelCell Speedriftを履いて、街を歩いてみようかなと思っています。
まだロング走で履けるほど足ができていないので、フルマラソンで使えるシューズなのかどうかの判断はいずれ別の機会に。それまではインターバルなどのポイント練習で使っていくとしましょう。税込で2.2万円の買い物でしたが、久しぶりに良いものを手にして頬が緩んでいます。