ベストセラーにもなったSHOE DOGは、スポーツブランドでもあるナイキの歴史が語られている1冊です。すでに読んだというランナーさんも多いかと思いますが、まだという人のために、どんな本なのかご紹介したいと思います。
物語はナイキの創業者でもあるフィル・ナイトによって書かれています。日本のシューズブランドでもあるタイガー(現アシックス)に惚れ込んだフィル・ナイトは、アメリカでタイガーを売る権利を得るために、単独日本へと飛び立ちます。
戦後間もない時代ですので、今のようにインターネットもありませんし、日本を敵対国として見ているアメリカ人がたくさんいた時代に、タイガーのシューズに魅力を感じた直感力と行動力。そして、追い込まれたときの対応力。
もちろん運が良かったのもありますが、そのすべてが現在のナイキのあり方に影響を与えているように感じます。
ナイキのランニングシューズは、常に新しいことへの挑戦をしています。現状に誰も不満も感じていないのに、作っている側であるナイキの開発者が「もっと良くなる」と信じて改善を加えていきます。
もちろんそのすべてが成功するわけではなく、時々「前のバージョンのほうが優れていた」という意見が出てきます。ただ、立ち止まることではなく前に進むことを選び続けるのがナイキというスポーツブランドです。
常に革新的であること。それはフィル・ナイトがオレゴンという小さな世界に収まらずに、新しいものを求めて世界に飛び出していったことと重なります。
ナイキはそもそもシューズブランドではなく、タイガーのランニングシューズをアメリカで売るための会社でした。そのときの社名はブルーリボン。タイガーでの面談で尋ねられて、その場しのぎでつけた名前。
ブルーリボンはもちろんいきなり軌道に乗ったわけではありません。取り扱うタイガーのシューズの数は取引のたびに増えていきましたが、現金を溜めておくことはせずに、売上をすべて次の仕入れに使っていたので、会社としてはひどい経営状態になっていました。
それでも、彼が安定した経営よりも、成長し続けることを選んだのには、自分の選択が正しいという信念と、よりよいシューズを多くの人に履いてもらいたいという情熱があったからです。
そんなフィル・ナイトのブルーリボンがタイガーと縁を切り、ナイキとして自分たちでシューズを作るようになった事件については、本書を読んでもらいたいのですが、誰もが屈するような危機的状況でもフィル・ナイトは決して諦めることなく、勇敢に闘い続けました。
自分を支えてくれる社員のため、自分を信じてくれる支援者のため、そして自分自身のプライドのために、ときには会議室で、またあるときには法廷で彼は誠実に闘うことを選びます。
ナイキというアメリカの会社に対して、「儲け主義」という印象を持っている人も多いかもしれませんが、少なくともフィル・ナイトは儲けることを目指したことは一度もありません。
もちろんシューズを売るというのはビジネスですから、利益は出さなくてはいけません。でもその利益は次なる進歩への投資に使います。より多くの人にシューズを提供するために新しい工場を建てたり、新商品の開発に資金を投入したりするために、ナイキは利益を求めます。
そのスタンスが、マラソンの世界を大きく変えることになったナイキ ヴェイパーフライの誕生につながったことは言うまでもありません。他のメーカーが従来のランニングシューズを売り続ける横で、最高のシューズを追求し続け、そして形になったのがナイキ ヴェイパーフライ4%です。
ナイキ ヴェイパーフライ4%はドーピングシューズだと揶揄されることもありますが、きちんとIAAF(国際陸上競技連盟)の認可を受けたランニングシューズであることはあまり語られません。
公認大会で履くことのできるランニングシューズは、すべてIAAFに認可されたものでなければいけません。例えば日本で人気のワラーチはオリンピックで履くことは認められません。どんなに凄いシューズを作っても、IAAFの認可がなければただのスニーカーにしかなりません。
ナイキ ヴェイパーフライ4%は見方によっては、IAAFの規定に反するランニングシューズです。おそらくいきなり世に出したらIAAFの認可を取れなかったことでしょう。でも、実際には開発段階からIAAFに相談していたため、それほど問題になることなく、レースで履ける1足として認められています。
この対応も、フィル・ナイトが過去に犯した失敗から学んだ結果だというのが、本書から読み取ることができます。
ナイキ(ブルーリボン)の成長の過程で何度も邪魔が入り、何度も何度も会社存続の危機に陥ります。タイガーとの訴訟問題や、アメリカ国内の大手シューズメーカーの妨害。それらを経験したことで、ナイキは用心深くなっています。
思い切った挑戦をする一方で、その挑戦を邪魔するものを出来るかぎり排除するという徹底ぶり。その背景にあるものについて、SHOE DOGを読むことで知ることができます。
シューズメーカーが売っているのはランニングシューズですが、そのランニングシューズの開発には思いが込められています。それはナイキに限ったことではなく、他のメーカーでも同じで、1足のシューズが世に出るためにいくつもの物語があります。
SHOE DOGを読んでいると、ランニングシューズはただの消耗品ではないということが分かります。そして、ランニングシューズが進化してる理由も感じることができるはずです。
たかがランニングシューズと思っている人や、ナイキといブランドがあまり好きではないという人もこの1冊を手にすることで、ランニングシューズの選択肢が広がり、シューズ選びがもっと楽しくなるはずです。
暑くてなかなか長い時間走ることのできない季節になってきましたが、練習は短時間集中で切り上げて、ぜひSHOE DOGを読み始めてみてください。読み終えたときに、走ることへのモチベーションが上がっている自分に気づくことになるでしょう。
そういう意味でもSHOE DOGは、すべてのランナーに手にしてもらいたい1冊です。まだ読んでいないという人は、この夏ぜひフィル・ナイトとナイキの物語をお楽しみください。