ナイキBreaking2レポート「2時間の壁は崩れたか」

low_YO_SKILLY_LR-5724_25

RUNNING STREET 365でもこれまで何度かレポートしてきましたが、ナイキのフルマラソン2時間切りプロジェクト「Breaking2」が5月6日にイタリアのモンツァで開催されました。

午前5時45分、また暗闇に近い状態でのスタートは、気温が上がりすぎないようにという配慮から。2時間を切るために様々な角度から技術的なアプローチを行い、科学的なサポートをしての開催でした。

このサポート体制や特別なシューズへの賛否がネット上には溢れていますが、それについては後ほど解説するとして、まずはBreaking2そのものについてのレポートから行っていきます。

ペースカーとペースメーカーの役割

low_YO_SKILLY_LR-4705

普通のマラソン大会では、トップランナーもしくはペースメーカーがレースのスピードを決めて、それに合わせて先導車が動きますが、この企画では勝負することが目的ではないため、先導車がペースメーカーとなってスピードを決めます。

2時間ちょうどで走りきるペースをペースカーが作ります。ところが車だけで引っ張ると挑戦する3人の選手は常に顔を上げなくてはいけません。そのため、3人の挑戦者の前には通常のレースと同じようにペースメーカーも走ります。

low_YO_SKILLY_LR-4658

このペースメーカーは挑戦者の風よけの役割も果たします。1㎞を3分以内に走るようなスピードの場合、ランナーは強い風と向き合うことになります。そのため、科学的なアプローチで挑戦者への負荷が少なくなるフォーメーションで挑戦者を守ります。

もちろんペースメーカーが遅れてしまってはいけません。そのためペースメーカーは30人が4.8㎞(2周)で入れ替わりながら3人の挑戦者を引っ張ります。もちろんフォーメーションを崩さないように注意する必要があります。

このため1周で3人が新しい3人に入れ替わるようにしています。2時間を切るためには1秒のロスも許されません。

3人の挑戦者

low_YO_SKILLY_LR-4547

今回2時間切りに挑戦したのが3人のトップランナーたちです。リオ五輪マラソン優勝者のエリウド・キプチョゲ、ハーフマラソンの世界記録保持者のゼルセナイ・タデッセ、エチオピアのトップランナーであるレリサ・デシサです。

エリウド・キプチョゲ

Su17_RN_BREAKING2_RaceDay_EliudKipchoge_009_69237

出身:ケニア カプシシイワ
誕生日:1984年11月5日
身長:170.6cm
体重:57.1kg
競技開始年齢:16 歳
マラソン自己記録:2:03:05(2016 ロンドン)
リオ五輪マラソン金メダル

ゼルセナイ・タデッセ

Su17_RN_BREAKING2_RaceDay_ZersenayTadese_037_69234

出身:エリトリア・アディバナ
誕生日:1982年2月8日
身長:161.5cm
体重:53.9kg
競技開始年齢:20歳
マラソン自己記録:2:10:41(2012ロンドン)
ハーフマラソンの現世界新記録保持者(58:23)

レリサ・デシサ

Su17_RN_BREAKING2_RaceDay_LelisaDesisa_029_69235

出身:エチオピア、オロミア
誕生日:1990年1月14日
身長:173.7cm
体重:54.8kg
競技開始年齢:15歳
マラソン自己記録:2:04:45(2013ドバイマラソン)
デビューマラソンでの優勝と現在の自己新の樹立

気負ったデシサと自然体のキプチョゲ

low_YO_SKILLY_LR-4630

どれだけしっかりとしたサポートをしても、メンタルという部分まではコントロールしきれない。これがマラソンの難しさだということを感じさせられるレース展開になりました。

16㎞くらいまでは、ペースメーカーに合わせてしっかりと走り続けている3人でしたが、その中でデシサだけが気持ちのコントロールがうまくできていないかのような力の入りすぎた走りをします。

自然体で流すように走るキプチョゲと比べると、明らかに自分らしい走りが出来ていません。

SKILLY_LR-4690

この大きな挑戦に対して、平常心を保ちつづけることがいかに難しく、そしてマラソンにおいては平常心がいかに重要なのかがよくわかります。16㎞を過ぎてからゆっくりとデシサが離脱していきます。

とはいえデシサも最終的には2:14:10でゴールしていますので、そもそものペースがいかに速いかということがわかります。失速してのタイムが2時間14分台というのは日本のトップランナーからすると信じられない世界です。

42.195㎞のすべての区間に適したシューズはない

SKILLY_LR-6636

今回話題になったのは、ナイキの新しいシューズです。ソールにカーボンを仕込んだこのシューズは、陸上競技のルール違反ではないかと言われていますが、少なくとも現段階ではルールに適合したシューズです。

ソールにカーボンを仕込むことで、反発力をより高めるように作られています。ところがこのカーボンが曲者で、たしかに大きな反発力を生み出しますが、そのためには力強い接地が求められます。

力強くカーボンをしならせることができなければ、カーボンはむしろランナーの走りを阻害することになります。諸刃の剣といったところでしょうか。

SKILLY_LR-0207

失速したデシサの後半の走りからは、シューズからの反発力はほとんど感じられません。タデッセも同じように後半になると序盤のキレのある接地が見られなくなっていました。

一人旅となったキプチョゲも後半になると、明らかにバネのない走りになっています。35㎞を超えてしまうと、どのランナーも序盤と同じような力を出して走ることができなくなり、魔法のシューズは普通のシューズへと変わってしまいます。

これが普通のマラソン大会であれば、なんとかごまかすことができたのでしょうが、サブ2という自分の限界を超えたペースで走り続けなくてはいけくなった結果、最終的にはシューズからのサポートを失っているように感じました。

SKILLY_LR-5376

マラソンランナーの体は42.195㎞の間に刻々と変化し続け、そしてその時々で最適なシューズというものが違います。

ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%は素晴らしいシューズで、マラソンの未来を変える可能性がありますが、履く人を選ぶシューズでもあります。誰が履いても自己ベストが出るわけではないということは知っておいてもらいたいところです。

人間の限界はどこにあるのか

SKILLY_LR-5769

結果的にはタデッセは自己ベストを3分50秒縮めて2:06:51で完走し、そしてキプチョゲは2:00:25という驚異的なスピードで42.195㎞を駆け抜けました。

残念ながら2時間切りは達成できませんでしたが、いずれ人間がフルマラソンの距離を2時間以内に走りきることを期待できる結果でもありました。初めてのチャレンジだったことを考えると、あと数回行えば必ずサブ2は達成されます。

ただし、ナイキは2回目の開催は考えていないでしょう。

彼らのわかりやすい目標はサブ2を出すことでしたが、本当にしたかったことはすべてのランナーに2時間以内で走ることができるかもしれないという期待を持たせることにあります。

SKILLY_LR-6020

彼らは2時間の壁に挑戦したのではなく、人間の限界に挑戦していました。そして今回の結果が生まれました。非公認ながら世界記録を大幅に更新するタイムです。そして、何よりも多くの人がマラソンの未来について明るいイメージを抱きました。

少なくとも2時間の壁は精神的なもので、いずれ超えることができる壁になりました。そうなるとトレーニング方法から変わっていきます。トップランナーの多くが2時間を切るためのトレーニングを開始します。

そうしなければ数年後の世界で勝ち抜くことができないからです。

フルマラソンが1時間台の時代は目の前に来ています。人間の限界はまだまだ先にある。Breaking2はそんなことを感じさせてくれる大きなチャレンジでした。

このチャレンジへの賛否について

SKILLY_LR-5559

2時間25秒という刺激的なタイムに対して、世界中でその意見が分かれています。2時間切りが見えたことや、このチャレンジへの賛辞も多くありますが、「作られた記録」への疑問の声も見られます。

本当にこのコースで42.195㎞あったのか、ランナーたちはドーピングをしていないのか、あのシューズは本当に問題ないものなのか。手厚すぎるサポートはやり過ぎではないか。

批判したくなる項目はいくつでも挙げることができます。

SKILLY_LR-5502

でも、それらの批判はこのチャレンジの本質を見落としたものです。このチャレンジはもちろんナイキのプロモーションを含んでいます。ナイキ商品の素晴らしさを紹介するのに、これほど素晴らしいイベントはありません。

ただ、それは人類初の2時間切りというテーマを掲げた結果でしかありません。なぜならこの挑戦が大失敗に終わったとき、ナイキの商品への評価が下がってしまいます。これは大きなリスクであり、商品を売りたいだけのメーカーのすることではありません。

ナイキは純粋に、人間の体が2時間以内でフルマラソンを走れることを証明したかっただけで、欲しかったのは世界最高記録という称号ではありません。

SKILLY_LR-6562

人間はまだまだ進化できる。

そのためにメーカーとしてできること、科学的にどのようなアプローチが必要かのノウハウを貯めること。これが次のステップへとつながっていきます。今回のチャレンジはそのための第一歩に過ぎません。

2:00:25は作られた記録であり、公式なタイムではありません。それでも挑戦したことで一気にマラソンの未来が開けました。どんな批判があってもそれだけは間違いありません。

スポンサーリンク

スポンサーリンク