アメリカの地図を見て西海岸から東海岸まで「これ走れるんじゃないかな」と思った人は、ウルトラランナーの中でもクレイジーランナーの部類に入る、ちょっと危ない人たちです。
そういうわたしもアメリカ大陸をほぼ横断する「ルート66」を何かで知ったときに「これ走れるんじゃないかな」と思ってしまったクレイジーランナーの端くれです。
そんなことを人に話していたら「いい本あるよ」と勧められたのが「遙かなるセントラルパーク」アメリア横断マラソンを舞台にした小説です。
1930年のアメリカで人類史上最大のマラソンイベントとしてロサンゼルスからニューヨークまでを走る賞金レース「トランス・アメリカ」。その距離は3000マイル、約5000kmにも及びます。
意外と行けるじゃないかと思うかもしれませんが、1930年はまだフルマラソンを走ることが普通ではなく、女性にはフルマラソンを走る走力がないと言われていた時代です。
1932年のロサンゼルスオリンピックのマラソン優勝はアルゼンチンのフアン・カルロス・サバラで、タイムは2時間31分36秒でした。猫ひろしもこの時代に生まれていればオリンピックの優勝候補でした。
そんな時代にアメリカ大陸をレースとして横断しようというのですから、しょせん小説の中だけのお話だと思うかもしれませんが、実はこのトランス・アメリカは実在したアメリカ横断マラソン「グレート・バニオン・レース」から発想を得たものです。
しかも「遙かなるセントラルパーク」はただのランニング小説ではありません。ウルトラマラソンを走り切るためのノウハウが詰め込まれた、ウルトラマラソンのバイブルと呼んでもいいほどのためになる小説です。
「いつだってランナーをつぶすのはペースなんだ。決して距離ではない」
小説の中で主人公の1人であるドク・コールの言葉です。
ユーラシア大陸を横断したあるランナーが「1日60kmなら人間は毎日走ることが出来る」と言っていました。わたしもそれを実践し、走るだけなら1日60kmを毎日走ることはそれほど難しいことではないことを体感しています。
人間にとって距離は問題ない。大事なのはいかに適正なペースで走るかということ。
そんな小さなノウハウが「遙かなるセントラルパーク」の中にいくつも散りばめられています。読み進めるにつれてどんどんウルトラランナーとしての知識が体に入り込み、読み終えた時にはいっぱしのウルトラランナーの気分です。
もちろん小説としてもとても優れた小説です。翻訳者の飯島宏さんが素晴らしいのかもしれませんが、翻訳書にありがちな意味の分からない言葉の羅列もなく、どんどんとページをめくるスピードが加速していきます。
この「遙かなるセントラルパーク」はランナーだけでなく、ウルトラランナーの運営者にとってもバイブルとすべき小説です。
これまでに誰もやったことのない壮大なランニングイベントを運営する主催者のフラガナンの苦悩、そしてランナーと運営者の一体感。そこには理想のマラソン大会の姿があります。
最初は「走らせてやる」気持ちの強かったトランス・アメリカ主催者のフラガナンの心の変化や、その助手のウィラードとのやり取りは、マラソンだけでなくあらゆるイベントを運営する人にとって共感してしまうものがあります。
「走らせてやる」という上から目線の大会が増えてきた日本のマラソン大会ですが、運営者本来持っていた「気持よく走って欲しい」「ランナーと一緒に大会をつくりあげたい」という想いを蘇らせてくれる一冊になるかもしれません。
ランナーのための本として「BORN TO RUN」などばかりが注目されますが、「遙かなるセントラルパーク」も「BORN TO RUN」に勝るとも劣らない素晴らしい小説です。
これからのウルトラマラソンシーズン前、もしくはウルトラマラソンのための移動の途中でページをめくってください。
「遙かなるセントラルパーク」はあなたのランニング人生の新しい扉になる可能性を秘めた1冊です。
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