
日本国内ではハーフマラソンよりもフルマラソンのほうが人気が高く、多くのランナーはフルマラソン完走やフルマラソンでの自己ベスト更新を目標にして、日々のトレーニングを積んでいます。ただ、この流れが変わるのではないかという気がしています。
東京を代表するマラソン大会のひとつ「東京レガシーハーフマラソン2025」の現地取材をしてきましたが、ハーフマラソンはフルマラソンの通過点ではなく、魅力的な選択肢であることを「東京レガシーハーフマラソン2025」を示してくれました。
あらゆる層が走るカラフルな「東京レガシーハーフマラソン2025」

ランニングを教えていると「3ヶ月後にフルマラソンなんですが、何とかなりませんか?」といった依頼を毎年のように受けます。それも普段はほとんど運動をしていない人からの依頼で、もちろん何とかするわけですが、あまり気乗りはしません。
そもそもフルマラソンというのは挑戦するものではなく、正しく積み上げて、そのレベルに到達したら申し込みをするものです。でも現実はランニング経験なしから、いきなり挑戦することになる人も少なくありません。一方で日頃からランニングをしているのに、フルマラソンは不安といってエントリーしない人もいます。

どちらの人も、その段階でまず目指すべきところはハーフマラソンなのですが、多くのハーフマラソンの大会はフルマラソンと比べると規模が小さいのもあって「走ってみたい!」とならないのが実情(本当におすすめしたい素敵な大会がいくつもあるのですが)。
ただ、「東京レガシーハーフマラソン」が、その状況を大きく変えるのではないかと期待しています。先日イベントだけでなく、アフターパーティーまで開催され、それでいて東京マラソンに負けないくらいの華やかさがあります。そのベースになっているのが、大会のハードルの低さです。

当然のことですが、「東京レガシーハーフマラソン2025」はフルマラソンの半分の距離、21.0975kmしかありません。それだけでも難易度が大きく下がっているのに、さらに今年から女性ランナー先行抽選が行われており、全体の40%が女性ランナーになっています。
これにより、大柄の男性に囲まれて走るという心理的な不安が解消され、女性ランナーが参加しやすい大会になりました。同時にそれはブラインドランナーが安心して走りやすい環境づくりにもなっています。

男性ランナーからすると狭き門になってしまいましたが、「誰もが気軽に参加できる大会」を実現するために、言葉はよくありませんが、誰かが犠牲になる必要があり、それは「東京レガシーハーフマラソン」がさらに発展するために避けられないものと判断したのでしょう。
さらには次世代のランナーを増やすために、学生チームエントリーを行うなど、今年は年齢や性別、走力、国籍を問わず、幅広い層に走ってもらうことをひとつの方針にしているようで、実際に沿道からみていると、どことなくカラフルさを感じられる大会になっていました。
走りやすいコンディションのもと東京を駆け抜ける

この日の気温は最高気温が24℃で、湿度も少し高いのもあって、ベストコンディションではありませんでしたが、曇り空によって日差しが遮られる時間も多く、10月としては走りやすいコンディションでした。少なくとも汗だくで熱中症になったり、寒さで低体温症になったりするリスクが低く、ほとんどのランナーが気持ちよく走れたはずです。
大会はチアの応援からスタートし、会場が温まったところで車いすの部がスタート。正式名称は「障がい者(車いす)の部」で、さすがに車いすと一般のランナーが一緒に走り出すのは危険ですので、東京マラソンと同様に車いすランナーが先行してスタートしています。

そして、いよいよエリートや準エリート、一般のランナーが走り出すわけですが、エリートの優勝者にはなんと賞金300万円が贈られる真剣勝負というのもあって、最前列に並んだトップランナーからは真剣勝負ならではの緊張感が伝わってきます。
不思議なもので、このような緊張感はどんどん伝染していくようで、競技場内で待機しているランナーがどことなく神妙な面持ちで、号砲を待っているように感じました。ただし、スタートすればそこからはもう走り出すしかないわけで、持ちタイムが早い前方のランナーはあっという間に競技場を飛び出していきます。

「東京レガシーハーフマラソン2025」の募集人数は15,000人で、さすがにこれだけの人数が陸上トラックを使ってスタートするとなるとかなりの時間がかかります。最終ランナーがスタートラインを通過したのが、号砲から14分が経過してから。
それだと最後方のランナーは実質の制限時間が2時間46分になるじゃないかと思うかもしれませんが、「東京レガシーハーフマラソン2025」の参加資格では、「2時間40分以内に完走できる男子・女子・ノンバイナリー」となっているため、大会側にしてみれば「6分も余裕を持たせてあげている」わけです。
もっとも、大会側はそんな上から目線というわけではなく、むしろ3時間を過ぎてフィニッシュしたランナーに対しても「完走」として受け入れており、スタートロスに対する配慮もしています。何を正しいとするかは、いろいろと考え方があるのでここでは深くは語りませんが、きっちり3時間で終わらせないところに、寛容さを感じました。

ハーフマラソンだから楽しみ方の選択肢が増える

今回の「東京レガシーハーフマラソン2025」では、国立競技場でのスタートとフィニッシュ、そして”YNK”ターニングポイントである日本橋で取材・撮影をさせていただきました。できれば他の場所でもランナーの姿を自分の目でみたかったのですが、さすがに3時間制限のハーフマラソンで、あちこち巡るのは無理でした。
実質的に3ヶ所でランナーを見守ったことになるのですが、参加したランナーがとにかく楽しそうで、スタート直後はもちろんのことですが、10km過ぎの”YNK”ターニングポイントでは、走っている自分の姿が大型ビジョンに映し出されるのもあって、多くのランナーがハイテンションで折り返していきました。

まだ10kmということもありますが、後方のランナーでもこの時点で歩いている人は少なく、フルマラソンと比べるとかなり余裕を感じます(実際に余裕があるのでしょう)。タイム(もしくは賞金)を狙って走るランナーもいれば、友人と一緒に景色を楽しみながら走るランナーもいます。
それぞれが自分のスタイルで走ることを心から楽しんでいるように感じました。これがフルマラソンとの大きな違いで、フルマラソンのようにシリアスに42.195kmを走るのではなく、余裕があるから周りの風景やすれ違うラン仲間とのコミュニケーションを笑顔で楽しめる。

この楽しさを知ってしまうと、「フルマラソンじゃなくてもいいんじゃない?」と考えるランナーが増える可能性があります。フルマラソンも達成感が大きいので、まったく走らないわけじゃないけど、年2回フルマラソンを走っていたなら、そのうちのひとつをハーフマラソンにしてもいいかもとなっても不思議ではありません。
むしろメインのフィールドをハーフマラソンにするランナーも、これから増えていきそうです。すでにお伝えしましたように、日本国内には魅力的なハーフマラソンがいくつもあります。ハーフマラソンなら午前中に終わるので、遠征もしやすく、レース後のオフも短くできるといったメリットもあります。

それでいて、しっかり走りきったという満足感も得られます。多くのランナーが笑顔で”YNK”ターニングポイントを通過していましたが、すべてを出し切った表情でフィニッシュラインを超えていたのが印象的で、ハーフマラソンでもフルマラソンに負けないだけの「やりきった」感を得ていることが伝わってきました。
いや、むしろハーフマラソンだからすべて出し切れたのかもしれません。42.195kmという距離は普段から走り込んでいる人でなければ難易度が高く、途中で歩いてしまったことで高い壁に跳ね返された気分になってしまうこともありますが、ハーフマラソンならそれがないわけです。
走るのは好きだし、マラソン大会も好き。でも仕事が忙しくて毎日練習できるわけではない。そんなランナーにとってはハーフマラソンが適切な距離であり、「東京レガシーハーフマラソン」はハーフマラソンの魅力を広めるという役割も担っていくことになるような気がします。
ランナーを満足させるために進化し続ける東京レガシーハーフマラソン

東京レガシーハーフマラソンと東京マラソンの大きな違いのひとつが、エイドでの給食の有無です。東京マラソンに限らず、多くのフルマラソンでその地域ならではの給食が用意されていたりするのですが、東京レガシーハーフマラソンには給食がありません。
3時間で走り終えるのだからエイドは給水のみというのが、東京レガシーハーフマラソンの基本スタンスになります。ただ、過去の口コミを読むと給食がないことに不満を感じている人も少なからずいるようです。

実際にマラソン大会によっては、ハーフマラソンでも食べきれないくらいの給食を出してくれることもあります。ただ、ハーフマラソンでは走り出す前に貯めたエネルギーで走り切ることができるので、大会の特色を出したい場合を除いて給食は必要ありません。
とはいえ、やはり何もないのは寂しいですし、走り終えたらランチタイムということもあり、すぐに何かを食べたくなるものです。「東京レガシーハーフマラソン2025」の素晴らしいのは、そんな要望に対してちゃんと応えているところにあります。

今年はニューバランスがアフターパーティを国立競技場に隣接する明治公園で開催し、完走したランナーに1,000円分のCelebration Gift Cardをプレゼント。会場ではギフトカードをフードやドリンクと交換できるサービスを行っており、走り終えてペコペコになったお腹を満たすことができるようになっていました。
エイドはなくても1,000円分のフードが付いてくる。これならきっとエイドに給食がないと嘆いていた人も満足したはずです。
アフターパーティはひとつの例ですが、このようなランナーファーストとなる取り組みがいたるところでされており、それもただ要望に応えるのではなく、きちんと最適解を考えて最良の形でサービスを提供しています。そのスタンスで多くのファンが生まれ、来年以降の盛り上がりが約束される。

目先ではなく10年20年先を考えてデザインされているマラソン大会というのが、初めて東京レガシーハーフマラソンを取材した直後の率直な私の感想です。いずれ、自分自身の足で走ってみたいと思いつつも、こうやって取材という形で進化していく姿を追い続けたい気持ちもあり、心が引き裂かれそうな妙な感覚になっています。
もっとも、来年以降はさらに倍率が上がるのは確実で、どちらかを選ぶ必要なんてないのかもしれません。いずれにしても、1人のランナーとして、1人のランニングジャーナリストとして楽しみがひとつ増えました。どんな形であれ、私も私のスタイルで、これから東京レガシーハーフマラソンを楽しむとします。
東京レガシーハーフマラソン
https://legacyhalf.tokyo