多くのランナーにとって悩みのタネのひとつが、ランニングフォームではないでしょうか。ランニング雑誌を見てみると、フォームチェックの連載があったり、マラソン大会のEXPOではフォームチェックをできるサービスもあります。そうなると自分のフォームが正しいのかどうか気になりますよね。
実際のところ、ほとんどのランナーが自分のフォームに自信がなく、それどころか変なクセがついていることを悩んでいたりします。ランニングコーチなどに「直したほうがいい」と指摘された人もいるかと思います。でも、それって本当なのでしょうか。ここではそんなランニングフォームについての考え方について、わかりやすく解説していきます。
理想となるランニングフォームはある
まず大前提として伝えておかなくてはいけないのは、速く走るための理想のランニングフォームというのは実際に存在します。人間の骨格や筋肉の付き方などを解析していくことで、理論上の「このフォームならランニングエコノミーが上がり、速く走れる」を導くことはできます。
実際にアディダスやナイキといったスポーツブランドが、多くのアスリートからデータを収集してつくられた「理想のフォーム」をベースにしてランニングシューズを開発しています。メーカーは「どんなフォームのランナーでもポテンシャルを引き出せる」としていますが、実際に最適解はあるわけです。
ただし、この最適解というのは時代とともに変わっていきます。かつて、ランニングフォームの基本はできるだけ足を伸ばして1歩を大きくするという考え方が主流でしたが、それがヒールストライクになりケガを誘発することや、アフリカ系のフォアフットランナーが台頭したことで、「フォアフットが最適解」へと変わってきました。
また、理想のランニングフォームはシューズによっても異なります。たとえばHOKAは一貫して「踵着地」が最適解になるランニングシューズを開発しています。ランニングシューズの主流になりつつある厚底シューズの多くは「フォアフット」を最適解にしています。
ただここで注意しなくてはいけないのは、フォアフット用のシューズでもシューズごとに着地ポイントが異なるため、実質的に理想のランニングフォームは無数にあるということです。
自分に最適なフォームと理想のフォームは違う
理想のランニングフォームは存在しますが、それはランニングシューズごとに異なり、誰でも速く走れる共通の走り方というものがないことを理解してもらえたかと思います。ここではさらに理想のランニングフォームの考え方について深堀りした解説をしていきます。
データ解析をして理想のランニングフォームを作り上げることは可能とお伝えしましたが、その場合はひとつのモデルを作ることになります。どのように設定するかはメーカーごとに違いますが、たとえばそのモデルの人が170cmで52kgだったとします。
その理想のランニングフォームは、170cmで52kgという条件において理想であり、150cm60kgという人にとっては理想のランニングフォームにならないことは容易に想像がつくかと思います。さらに人はそれぞれ骨格や筋肉量が違います。もっといえば左右の足の長さも人それぞれ違います。
シドニーオリンピックで金メダルをとった高橋尚子さんの、右足と左足で長さが違うというのは有名な話です。だから「これが理想のランニングフォームですよ」と提示されたところで、必ずしも自分にとって最適であるとは限らないわけです。
もちろん理想に近づけていくという努力は無駄ではありません。でもやり方を間違えると大きなトラブルを抱える可能性があります。次章では、なぜランニングフォームを理想に近づけるとトラブルを抱える可能性があるのかについて、詳しく解説していきます。
無理にランニングフォームのクセは直さなくてOK
真面目な人は「これが理想です」と提示されると、それに近づけるための努力をします。やり方が間違っていなければそれも選択肢としてはありなのですが、実際には多くのランナーがランニングフォームをのクセを矯正しようとして、ケガを抱えることになります。
すでにお伝えしましたように、人間の体は1人1人みんな違います。両足の長さがまったく一緒というランナーはほとんどいませんし、若い頃にやっていたスポーツによって筋肉の付き方も違います。足の長さが違うわけですから、当然それが走りのクセになって現れます。
でも、それは自分の体が自然にアライメントを行った結果です。どうすれば無理なくフルマラソンを走りきれるかを、体が自然に調整した結果がクセなわけです。このクセを矯正して直したらどうなると思いますか?答えは簡単です。
走り方に無理が出てケガをします。
クセを矯正する方法のひとつにインソールがありますが、これまで何十年も左右の足の長さが違う状態でやってきたのに、いきなりインソールを履いて左右の高さを調整したら、これまでと違う動きをすることになり、その結果、十分な筋力がない状態で走ってケガをするというわけです。
良かれと思ってやったことが裏目に出る。ランニングにおいてはそのようなことがよくあります。正しい知識をつけるか、しっかりとしたトレーナーについてもらうかしないと、ランニングフォームのクセを矯正することは大きなリスクをともないます。
ランニングフォームを変えることは、それくらいインパクトが大きいことだということを頭に置いておいてください。
すべてのランナーが意識すべきフォームのポイント
理想のランニングフォームはあっても、無理してそこに近づけなくてもいいとお伝えしましたが、とはいえどのランナーにも共通して「意識したほうがいいこと」というものもあります。自分の走り方が正しいのか不安だという人、リスクがあってもフォームを変えたいという人は、ぜひ参考にしてください。
- 頭頂を上から引っ張られる意識で骨盤を立てる
- 肩の力を抜く
- おへそを肩甲骨の方へ軽く引き寄せる
- 足は体の真下で着地する
- 縄跳びをする感覚で片足でしっかり体重を受ける
- どんなときもテンポ180で走る
まず意識してもらいたいのは、よく言われている「頭頂を上から糸で引っ張られるイメージ」を持つことです。そうすることで背筋がナチュラルな状態になり、倒れがちな骨盤をまっすぐに立てられるようになります。骨盤がまっすぐになると足の可動域が広がるので、スムーズな足運びができるようになります。
このとき合わせて意識したいのが、肩の力を抜くこととおへそを肩甲骨側に軽く引き寄せることです。肩の力を抜くのは動きをスムーズに行うのとエネルギーの消費を防ぐためで、おへそを引き上げるのはインナーマッスルを使えるようにするためです。
ちなみにインナーマッスルを鍛えるのにはピラティスがおすすめです。ただしピラティスは独学で行うのは難しく、インナーマッスルを鍛えているはずが、知らず知らずのうちにアウターマッスルを鍛えているということに陥りがちです。
自分だけのランニングフォームづくりをする上でも、インナーマッスルの強化は避けて通れない部分です。安定した走り、美しい走りを手に入れたいという人は、ピラティス教室などに通ってベースとなるカラダづくりを行ってください。
話が少し脱線しましたが、次に意識しなくてはいけなのが「着地」です。着地する場所はどこでも構いません。でも、必ず体の真下で着地してください。走っている最中は足が体の前に出ることはあっても、着地する瞬間は足の真上に体があるように意識してください(自分の走りを動画で確認してみましょう)。
そして着地ではきちんと片足に体重が乗ってることを確認すること。ここをごまかして走っている人が多いのですが、足に体重を乗せずに走るとエネルギーロスが生まれます。ただし、この部分に関しては文章で説明するのがとても難しいので、深く知りたいという人はぜひ私のパーソナルレッスンを受けてみてください。
最後にもうひとつ実践してもらいたいのが、テンポ180で走るということです。テンポ180というのはフルマラソンを走るときの理想となるピッチで、もちろんこれも個人差がありますので、正確に180でなくても構いません。180±5の範囲で自分が走りやすいピッチを探しましょう。
テンポ180を自分で刻めない場合には、メトロノームアプリを使ってみましょう。メトロノームアプリが刻むテンポに合わせて足運びをすれば、自然とテンポ180で走れます。あとは身体にそのテンポを覚えさせるだけ。ぜひ試してみてください。
ランニングフォームの改善は3年計画
最後にもっとも大切なことをお伝えしておきます。ここでご紹介した内容も含めて、ランニングフォームを見直したいと考えたときに、絶対に急がないようにしてください。ランニングフォームを変えるというのは、肉体的にはランニング初心者に戻ることを意味します。
このためカラダづくりにとても長い時間がかかります。新しい走りに体が完全適応するまでに3年。それくらい長い年月をかけて行うのがランニングフォームの改善です。今日新しいことを試してみて、数日後にそれが身についているなんてことはありません。
そして急いで身につけようとすると無理が出てケガをします。慎重すぎるくらい慎重に取り組むこと。すぐに結果は出ませんが、継続していれば必ず変化が見られます。スピードが求められる時代だからこそ、体の声をしっかりと聞いてゆっくりと自分のペースで変えていきましょう。