夏場は熱中症に注意して走るというのは、ランナーの中ではもはや常識となりつつありますが、意外と知られていないのが冬場の低体温症です。この低体温症は熱中症と同様に、命を落としてしまうこともあるほど危険な状態です(アメリカでは年間約600人が低体温症で亡くなっています)。
実際にマラソンなどでは低体温症による失速というシーンが時々あります。2015年の箱根駅伝の5区で、トップの駒沢大学の選手が低体温症で、フラフラになりながらゴールしたシーンを覚えている人もいるかと思います。2019年の東京マラソンでは、日本記録保持者の大迫傑選手が低体温症でリタイアしています。
一般のランナーでそこまでならないにしても、低体温症でリタイアする人は珍しくありません。ここではマラソンやランニング中に注意したい低体温症の基礎知識と、その対処法について紹介します。
低体温症ってどういう状態?
低体温症は、体温が35℃以下になる状態のことをいいます。35℃以下だったらいつもの自分の体温と同じだと思う人もいるかもしれませんが、表皮温度ではなく、体の内側の温度ですので、例えば直腸温度が35℃以下だとすでに低体温症になっていると考えてください。
35〜33°C | 軽度 |
33〜30°C | 中度 |
30〜25°C | 重度 |
25〜20°C | 重篤 |
20℃以下 | 非常に重篤 |
直腸温度が35℃を下回ると、体は震えることで熱を発生させようとします。冬の寒い日に体が震えている状態は、まさにこの軽度の低体温症になっている状態だと考えてください。
直腸温度が30℃以下になると不整脈になり、しかも手足の末端にまで血液が流れない状態になるため、非常に危険な状態になります。血液の流れだけでなく、呼吸機能も低下してしまうため、体内では酸素不足の状態になります。
低体温症の症状
次のような症状があったときには、低体温症になっている可能性がありますので、気をつけてください。
- 体が震える→震えが止まる
- 動きがゆっくりになってぎこちなくなる
- 話しかけられてもすぐに反応できない
- 頭の中がぼんやりとしている
- 適切な判断ができなくなっている
難しいのはこのような症状は、自分も周りの人もわかりづらいということです。「どことなく違和感がある」くらいなので、気がついたら昏睡状態になっているということもあります。少しでもおかしいなと思ったら、すぐ周りの人に助けを求めましょう。
ランナーが低体温症になるメカニズム
低体温症の危険性は分かったけど、走っていたら温かくなるじゃないと思う人もいるかもしれません。そうです。通常はランナーが低体温症になることはほとんどありません。特にゆっくりペースでうっすら汗をかく程度のスピードの場合はあまり危険ではありません。
ランナーが低体温症になるのは次のようなケースになります。
- 大量の汗をかいている
- 雨や雪が降っている
- 薄手のウェアを着ている
- 気温が非常に低い状態にある
簡単に言えば、体内での発熱に対して、外から冷やすスピードのほうが早い場合に低体温症になります。トップランナーは冬でも薄手のランニングシャツと短パンですので、肌の露出が多くなってしまいます。
その状態でペースを上げると汗で肌が濡れてしまい、さらにそのスピードに乗っているので濡れた肌に冷たい風があたっている状態になります。そうなると、どんどん皮膚から体温が奪われていき、トップランナーは低体温症になってしまうというわけです。
速くないランナーでも低体温症になるケース
なんだ、トップランナーだけに起こることかと安心しないでください。同じような条件になれば、私たち市民ランナーも簡単に低体温症になります。
例えば雨の日や雪の日のレースで、風も強く吹いている日。特にスタートの待機をしている時間が非常に危険です。ウェアをしっかり着込んでいる人はいいのですが、冬でもTシャツ一枚で待っているランナーは多いかと思います。
このとき、体は人体を守るために、指先などを収縮させ血液を送れない状態にして、いのちを守るために内蔵などに血流が行くことを優先させています。
この状態でスタートをすると、手足の末端の収縮が解除され、そちらに血が流れるようになるのですが、そうなると今度は内臓に流れるはずの血液が不足します。そのため、走り始めて気持ち悪くなったり、寒さを感じたりします。
このように低体温症はトップランナーでなくても起こりうるのです。
低体温症から体を守る方法
それでは低体温症から体を守る方法について紹介します。
寒い日のスタート前は肌を露出させない
まず重要なのはスタート前に肌を露出させないことです。Tシャツで走る人は、ビニールポンチョなどを利用して、スタート待機中に肌から体温を奪われないようにしてください。ポンチョはスタートしてから最初のエイドのゴミ箱に捨てるか、回収しているスタッフに渡してください。
絶対にその場に捨てるようなことはしないでください。後方のランナーの足に絡まってケガをする恐れがあります。
ミズノから折りたたむとウエストポーチになるジャケットが発売されています。このようにウェアを持って走ることも有効ですので、とにかくスタート前に体を冷やさないようにしてください。
水分補給をしっかり行う
寒い日に忘れがちなのが水分補給です。意外かもしれませんが、脱水状態になると低体温症になりやすいと言われています。乾燥した冬場は思った以上に水分が抜けていますので、エイドではこまめな水分補給を行うようにしましょう。
本格的に震えが止まらない場合は水ではなく温かいスープやココアを選びましょう。何もない場合は缶コーヒーでもいいのですがコーヒーは利尿作用がありますので、できれば他の温かいドリンクを自販機などで購入しましょう。
スタートするときに500円玉をひとつ持っておくと、自販機やコンビニで温かいものを購入できます。冬のレースでは何があるかわかりませんので、お守りだと思って500円だけ持っておきましょう。コンビニがコース上にいくつもあるなら、Suicaなどの交通系ICカードでもOKです。
経口補水パウダーを持っておくのもおすすめです。水単体やスポーツドリンクよりも吸収のスピードが早く、体の脱水状態から素早く回復できます。
雨の日は防水・撥水のグローブを使う
雨の日のマラソンで、気温が低い日は防水・撥水のグローブを使いましょう。ときどき軍手を手袋代わりにしている人がいますが、晴れていればコストパフォーマンスが高く便利なのですが、雨の日は水を含んで反対に手を冷やすことになります。
雨の日のグローブは水を含まないものを選ぶようにしてください。スマホを操作したいとという人は、撥水仕様かつスマホ対応の手袋を選びましょう。同様に靴下もできるだけ速乾性の高い靴下を選ぶようにしてください。
インナーウェアを着る
インナーウェアも低体温症対策には有効です。スピードをそれなりに出すランナーは汗を吸い取るインナーウェアを選び、それほどスピードを出さないランナーはコンプレッションタイツなどを利用してください。
肌をできるだけ乾いた状態に保つことで、肌からの体温低下を防ぐことができます。反対に冷たい雨が降る日に綿のTシャツなどは絶対に着ないようにしてください。参加賞などでもらえる化繊のランニング用Tシャツを使って、衣類が水を含まないようにしてください。
マラソン中に低体温症にならないためのまとめ
基本的な考え方は「体を濡れた状態で冷たい空気を当てないようにする」ことになります。とはいえ雨の日のマラソンではどうしても、濡れてしまいます。スタート前の待機時間などは非常に危険です。
スタート前はできるだけ肌の露出は避け、ビニールポンチョや薄手のウインドブレーカーなどで体を冷やさないようにしてください。
水分補給も忘れずに行うようにしてください。体が震えるようなら、体内から温める必要があるので、自販機で温かい飲み物を買いましょう。そのために小銭を持って走るようにしましょう。
撥水性の高いグローブや靴下、そしてインナーウェアを有効に使って、体の表面が濡れた状態にならないように心がければ、マラソン中の低体温症を防ぎやすくなります。
ただし意識が朦朧としたり、走っているのに体の震えがまったく止まらなかったりして、体が温まらないときはレースを棄権することも考えてください。無理に走ることで最悪の状態になることもありますので注意してください。