マラソンランナー視点の陸上競技大会レポート「On Track Nights: MDC」

陸上競技の新しいカタチを追求し変化し続けるMDC(MIDDLE DISTANCE CIRCUIT:ミドルディスタンスサーキット)と、「レースの概念をがらりと変える」をコンセプトに2023年よりスタートしたOn Track Nightsが融合し、「On Track Nights: MDC」として2024年7月27日に東京・世田谷区の大蔵運動公園競技場で開催されました。

RUNNING STREET 365ではあまりレポートすることのないトラック競技の大会ですが、これまでにないものを築き上げようとする「On Track Nights: MDC」に興味が湧き、現地で取材させてもらいました。とはいえトラック競技に関しての知識が少ないため、今回はマラソンランナーの視点でレポートします。

目次

陸上競技経験のないランナーにとってハードルが高い

このレポートを読んでいる人の多くがマラソンランナーであり、マラソンと陸上競技をわけて考えているかもしれません。マラソンも陸上競技のひとつですが、ここでの「陸上競技」はトラック競技のことで、学生時代に陸上競技経験がなく、大人になってからマラソンを始めた人にとって、陸上競技大会はどことなく他部門という印象があります。

私もそのタイプなので、マラソンとトラック競技をわけて考えがちです。今回、On Track Nights: MDCを取材して、そのハードルが低くなったと言いたいところですが、むしろマラソンとトラック競技は違う道を進んでいるのだと強く感じることになりました。

トラック競技経験者がマラソンランナーになることはあっても、マラソンランナーからトラック競技者になるのは少数派ではないでしょうか。マラソンランナーにとってトラック競技は、どことなく「特別な存在」であり、陸上トラックそのものに安易には近づけません。

たとえばOn Track Nights: MDCに出場する選手のほとんどが、真摯に競技と向き合い、その立ちふるまいからも日常生活から徹底して無駄を削ぎ落としていることが伝わってきます。「陸上競技=生きること」としている感じがあり、軽い気持ちでトラックに足を踏み入れてはいけないような気がするのです。

また、陸上競技の選手は「孤高」であることに対する追求者のようであり、チーム内での切磋琢磨や、指導者による導きなどはありますが、スタートラインに立ったら1人であることを強く意識しているように感じます。だからこそ、自分の力で勝利を勝ち取ったときの喜びは大きく、思い通りの結果にならなかったときは悔しいわけです。

そしてOn Track Nights: MDCではその喜びや苦しさが、会場の空気によって増幅されているように感じました。だから本気で喜び、本気で悔しがることができます。もちろんマラソンランナーにも本気になれる場はありますが、マラソンは瞬間的に感情を爆発させるようなことはほとんどなく、喜びも悔しさも後からじわじわやってきます。

真夏の開催であることはそれほど重要ではない

この日は梅雨もとっくに明けており、最高気温が35℃を上回るようなコンディションになりました。こんな環境でマラソン大会を開催したら、批判の声が殺到したかもしれませんが、On Track Nights: MDCは不思議と暑さが似合います。実際にこの暑さの中でも自己ベスト更新を達成した選手もいて、その点もマラソンと陸上競技の大きな違いのひとつと感じました。

トラック競技は競技時間が短く(3000mでも9分以内)、むしろ寒すぎるよりは体が動かしてやすいのかもしれません。そこに通常の陸上競技大会にない大声援や拍手が選手の気持ちを乗せて、自分のポテンシャルを100%引き出したのでしょう。それこそがOn Track Nights: MDCの狙いであり、存在意義でもあります。

トラック競技は集中力を高めて、周りの音がまったく聞こえない、いわゆるゾーンに近い状態になることが結果に結びつくものだと思っていました。でも多くの選手が声援に反応し、声援を力に変えて走った結果、暑さをものともしない走りをしていました。これは陸上競技のあり方を変えてしまう可能性があります。

考えてみれば当然のことではあります。どんな競技であっても、それを行うのは人間であり、気持ちが乗ったときと、そうでないときでは結果は変わってきます。ただ、On Track Nights: MDCくらい会場が盛り上がると、雰囲気に飲まれてしまったり、気持ちが入りすぎたりした選手もいるかもしれません。

そのあたりは選手の個性で、シリアスな競技会のような大会の方が結果を出せるという人もいるはずですし、On Track Nights: MDCの雰囲気で力を出せる選手もいます。ただ、観戦するという視点で考えると、On Track Nights: MDCのほうがエンターテイメントとして楽しめます。

汗を流しながら声援を送り、そして選手たちの一瞬の輝きや駆け引き、驚異的な粘りなどに心を踊らせる。決して最適な応援環境ではありませんが、最高の応援環境がそこにはありました。会場内で売られているビール片手に陸上競技を楽しむ。そんな楽しみ方ができるのもOn Track Nights: MDCの魅力なのかもしれません。

陸上競技はエンターテイメントになる。ではマラソンは?

陸上競技をエンターテイメントにする。これに対しては賛否があると聞いています。選手によっては「やりにくい」と感じたかもしれません。でもそういう人には従来どおりの陸上競技大会があります。On Track Nights: MDCは従来陸上競技と対立する存在ではなく、陸上競技を楽しむための選択肢のひとつです。

多様性の時代と言われていますが、陸上競技もシリアスなだけでなく、選手も応援する人も、サポートする人も楽しめる大会があってもいい。On Track Nights: MDCにはそんな想いをカタチにした陸上競技大会です。その考え方はマラソン大会も学べるものがあります。

マラソンブーム以降、マラソン大会のコースはどんどんフラットになり、エイドは地元のフードがいっぱいで、制限時間は緩やかになりました。どこかにテンプレートがあるのではないかと思うほど似てきましたが、結果的に個性を失ってしまった大会がいま集客で苦しんでいます。

そういう大会にとって、On Track Nights: MDCは学ぶところがいくつもあります。たとえば「従来のやり方にとらわれない」や「選手のポテンシャルを100%引き出す」というスタンスは、個性をどこかに置き忘れてきたマラソン大会にとって、大会コンセプトとしてすぐにでも取り入れることができます。

陸上競技大会をエンタメにするために、On Track Nights: MDCでは陸上トラック内側の芝生エリアも観戦エリアにし、そこでは50m走や鬼ごっこなど、さまざまなチャレンジができるようになっていました。単純にそこを観戦エリアにするのではなく、人の流れをつくるために何をすればいいのか、よく考えられています。

競技も選手にただベストを尽くさせるだけでなく、新谷仁美選手などトップアスリートがペースランナーとしてサポートしたり、LEDで仮想ペースランナーをつくっていました。このような至れり尽くせりなサポートは、陸上トラックで行う競技だからこそ実現できるわけですが、マラソンも参加者のポテンシャルを引き出す仕組みを考えたほうがいい段階にきているかもしれません。

On Track Nights: MDCの門戸は開かれている

MDCは今回で4回目の開催となり、陸上競技の選手にとっては知名度も高くなっており、「出場したい」という選手も年々増えています。そして、今回On Track Nightsと組み合わせたことで注目度も高まり、明るい未来しか見えないといっても過言ではないくらいの盛り上がりがありました。

現地で観戦した小学生や中学生は、On Track Nights: MDC出場を将来の目標に掲げたかもしれません。ただ正直なところ、陸上競技に普段から接していない私のような存在からすると、そもそも「On Track Nights: MDCって何?」というところから始まります。

On Track NightsとMDCの関係性がわかりづらく、たとえば自分がエントリーするかどうかとなったときに「よくわからないから」という理由で選択肢から外してしまう気がします。そもそもマラソンランナーにとって陸上競技はハードルが高いのに、2つの大会名が並んだことで、さらにハードルが上がりました。

また、「新しい陸上」というキャッチコピーがあったものの、競技そのものは陸上競技のルールに従い、競技の運営は従来どおりのトラック競技ということもあり、エンタメと競技のつなぎがはっきりしており、ここがもっとシームレスになればと感じるところもありました。

もっともそういうものは回数を重ねていくことで改善されていくことですので、きっと数年後にはもっとテンポよく、「あっという間だった」と感じる大会になっているはずです。On Track Nights: MDCというネーミングも定着してしまえば、誰も疑問を持たなくなるので大きな問題ではありません。

そうなれば、マラソンランナーも夏のトレーニングの一環としてOn Track Nights: MDCに参加したいという人が増えてくるのでしょう。ありがたいことにOn Track Nights: MDCは、陸連登録者でなくても出られる非公認部門を設けるなど、門戸は広く開かれています。

その結果、マラソンランナーも陸上競技者からさまざまな刺激を受け、マラソンとの向き合い方も変わってくる。それが市民マラソンの活性化にもなることを期待していますが、そんな未来がやってくるのかどうか、これからもOn Track Nights: MDCに注目して追い続けてみようと思います。

MDC:https://twolaps.co.jp/mdc/
MDC公式X:https://x.com/TL_MDC

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