
世界中で人気がある階段レース「ステアクライミング」。日本でも競技人口がゆっくりと増えつつあり、全国各地の階段でステアクライマーが健脚を競い合っています。そんな国内のステアクライミングの裾野を広めているのが「ステアクライミングチャレンジ」で、その名古屋大会が2025年5月24日に、中部電力ミライタワーにて開催されました。
中部電力ミライタワーの階段は415段。たった数分のチャレンジのために、今年も全国各地からステアクライマーが名古屋に集結。2025年の開幕戦となる「2025 ステアクライミングチャレンジ 名古屋大会 in 中部電力ミライタワー」に挑みました。
大会途中の雨が降りはじめるコンディションでの開催

今年のステアクライミングチャレンジ 名古屋大会はあいにくの雨。開会セレモニーの時点ではまだ曇り空でしたが、徐々に雨足が強くなり、親子や小学生が走り終えて一般女子が走り出すタイミングには、傘をささずにはいられないほどの雨足。幸い体を冷やし切るような、冷たい雨ではありませんでしたが。
とはいえ中部電力ミライタワーの階段は屋外。階段は濡れており、とても万全とは言えないコンディションでした。ただ、それも屋外で開催されるステアクライミングの魅力であり、室内の階段にはない面白さがあります。あくまでも個人的な感想としては「雨もあり」だと感じました。

いつもとは違うコンディションでどう駆け上がるのか。思うようにグリップしないことに対して、集中力を維持し続けることは難しく、何もできないまま終わった参加者もちらほら。名古屋大会は415段という階段レースとしては低層になるため、「何かいつもと違う」と思っていたら、いつの間にかゴールに到達してしまうわけです。
しかも、ほとんどの参加者はこれまで雨のステアクライミングを体験したことがありません。それゆえに、雨に対する技術力も適応力も求められます。何度も未来タワーを駆け上がった人でも、いつもとは違ったスキルを求められる。これこそ、屋外ステアクライミングの魅力です。

タイムとしては、以前よりも縮まったという人もいれば、エリートレベルでも10秒近く遅くなった人もいて、結果的には「雨への適性」がタイムに影響を与えたのかもしれません。もちろん、この日に向けてどれだけ準備してきたかも影響しますが、それを発揮できた人もいれば、悔しい思いをした人もいたはずです。
でもステアクライミングで大事なのは、どれくらいのタイムで駆け上がれたかではありません。その日のベストを尽くせたかということ。その上でタイムが出れば理想ですが、きちんと追い込めてタイムが想定よりも遅かったなら、その悔しさを次に繋げればいいだけのことです。
ステアクライミング10年目の挑戦

RUNNING STREET 365としては、ステアクライミングを追いかけ始めてから今年で10年目になります。節目となる2025年の大会で、いい走りをしたかったのですが、今月は万里の長城マラソンに始まり、1週間前はRed Bull 400を駆け上がったことで疲労が溜まり、大会直前にはヘロヘロの状態。
今年はスタート時間が遅くなったので、早朝の新幹線で神奈川から名古屋入りしましたが、金曜日の仕事が遅くなったのもあって、睡眠時間も足りず。小田原駅の新幹線ホームに向かう上り階段すら大変で、DNSも頭をよぎったのですが、最近はオールアウトが上手くなったのもあって、それをまた味わいたい気持ちが勝りました。

そして何よりも「雨のステアクライミング」を体験したかったのもあります。過去に雨の万里の長城マラソンを体験したことがありますが、同じ階段でもまったくの別物。いや、その雨の万里の長城マラソンでリタイアした記憶が染み付いていて、それを払拭したい気持ちもありました。
私のスタートは第2部で、雨はわずかながら小降りになっていましたが、スタート待機で濡れぬのは嫌だなと思っていたら、なんと大会側でビニール傘を用意しており、並んでいる間は傘で雨を凌げるようになっていました。こういう柔軟な対応ができるのも、この大会の素敵なところです。

前回の高松大会では、フィニッシュエリアが滑りやすいと先にスタートしたエリート選手から報告があり、すぐにその場にあるもので滑らないような工夫をするなど、対応力に感心するところが多々。一方で、今回はフィニッシュ場所が分かりにくく、ゴールを素通りして走り続けてしまった人を数名見かけました。
私はというと、序盤から苦しい展開になることを覚悟していましたが、思ったよりも足が動きます。序盤は1段飛ばしで駆け上がり、タワーの外周階段に入ってからも足が動きます。「これはいけるかも」と思った瞬間、天国から地獄へ。東側の外周階段は足元だけでなく、手すりも濡れていて、掴んでも掴んでも滑ってしまいます。

仕方ないから腕を使わずに上りましたが、2回目の東側外周階段で足が終わってしまいました。それでも、何とか足を伸ばしてゴールを目指しましたが、昨年よりも11秒も遅い3分9秒でフィニッシュ。ただ、ゴールした瞬間に倒れ込んでしまうくらいには追い込めました。
そういう意味では満足しています。雨のステアクライミングで、自身のコンディションも良くない状態で全てを出し切れた。少なくとも当日にできることはやり切ったという満足感は残りました。ちなみにその後、取材用にもう1本走らせてもらいましたが、序盤からボロボロだったのは言うまでもありません。

エリート選手の入れ替えがもたらすもの

ステアクライミングチャレンジ(SCC)にはエリート選手だけが出場できるSTAIR CLIMBING JAPAN CIRCUIT(SJC)も同時開催されます。年間で数回開催されるステアクライミングレースの年間王者を決める仕組みになっているのですが、名古屋大会は2025年シーズンの初戦にあたります。
エリート選手は男子が20名、女子が10名で構成されており、女子選手が少ないというアンバランスが、この競技がまだまだ認知されていないことを表しています。森脇健児さんやキャッスルひとみさんが大会を盛り上げていますが、まだまだ女性ランナーやアスリートにまでは届いていないように感じます。

とはいえ、階段を誰よりも速く駆け上がるというのは「小学生男子のロマン」のようなところもあるのも事実です(女性に向いていないという意味ではありません)。理由なんてないけど、なぜかワクワクしてしまう。男子にとって挑まずにいられないのがステアクライミングという競技。
そんなワクワクの頂点にいるのがSJCに挑むエリート選手。男女問わず、子どものように目を輝かせながら1歩を積み重ねていく姿に感動すら覚えます。そんなエリートも、今年はメンバーが大きく変わりました。昨年、ステアクライミングチャレンジで活躍した新世代が、エリートという地位を手にし、新しいチャレンジを始めたわけです。

そうやって次々にスターが誕生し、メンバーの入れ替わりがあるのもSCCやSJCの面白いところ。結果次第で、誰にでもエリートになるチャンスがあるわけです。事実、今大会でベストタイムを叩き出したのは、1分41秒を叩き出したSCCの選手でした。
おそらく彼は、そう遠くないうちにSJCのエリート選手となり、常にトップ争いを展開する選手になるはずです。大会そのものがまだ成長途上にあるため、適性のある選手が次々と生まれてきます。そしてゆっくりと新陳代謝が進んでいく。

これは競技としてステアクライミングが広まっていくためには必要なことであり、常にフレッシュな大会であり続けるためには血の入れ替えは必要不可欠。会場で何度も見かけたエリート選手がいなくなるのは寂しいことですが、それ以上に未来に対するワクワク感もあります。
ただ、現実としてステアクライミングはマイナー競技であり、通りすがりの地元の人にも「これは何をしているの?」と何度となく質問されました。ステアクライミングが内輪のイベントにならないようにするためにも、SCCにしてもSJCにしても、今後の大きな課題のひとつが「認知度アップ」なのかもしれません。
限界の向こう側の景色を見れるかどうかは自分次第

ステアクライミングの大会は、参加費が決して安くありません。たった数分に6,000円支払うことを考えると、それだけで躊躇し、エントリーを取りやめた人もいるはずです。でも、ステアクライミングチャレンジには、金額で表すことができない魅力と可能性があります。
日常生活では決して味わうことができない苦痛。そして、それに抗うようにもがくことで、自分を磨き続けることができます。成長という意味では、ステアクライミングチャレンジは、終わりなき修行のようなもの。雨のステアクライミングでそれを強く感じました。

ステアクライミングは、肉体的な成長のみならず、心の成長も支えてくれます。人によっては、そこに新しい出会いが加わることもあります。表彰式の前に、2人のエリート選手が呼ばれ、そこで2人が翌日に入籍するとの発表がありました。
エリート選手は同じメンバーで転戦するから、必然的に絆が強くなります。それがまた成長へとつながっていきます。ただそれは、エリートランナーだけのものではありません。ラン仲間や家族と一緒に参加することで、そこのつながりは間違いなく強固なものになります。

使い古された表現をするなら、ステアクライミングチャレンジがもたらしてくれるもののほとんどは「プライスレス」です。階段を駆け上がるというのは、もたらしてくれるもののひとつでしかなく、参加者はそれ以上の何かを手にし、そしてまた1年後に戻ってくるわけです。
少なくとも私は、10年間もステアクライミングのレースに出場し続けたことで、思わぬ出会いやつながりを手にしましたし、何よりもこうして大会を取材させてもらえるようにもなりました。年齢を理由に努力しないという選択肢を手放すことにも成功しています。

だからこそ思うわけです。「ステアクライミングをマイナー競技のままにしてはいけない」と。SJCもSCCも、まだ知名度が足りていませんし、もっと大きなイベントになるべき大会だと私は考えています(できることなら熾烈なクリック合戦にならない程度で)。
ステアクライミングチャレンジ 名古屋大会は、ステアクライミングデビューにちょうどいいサイズであり、どのレベルの参加者でも楽しむことができます。興味が湧いた方はぜひ来年、中部電力ミライタワーの階段を駆け上がってみてください。来年まで待てないという方は、次回9月14日に開催されるやんばダムのステアクライミングチャレンジに参加してみてはいかがでしょう。
ステアクライミングチャレンジ:https://sjc-kaidan.jp/scc/