アディダスは沈まない

この2年でランニングシューズの勢力図が大きく変わり、「勝ちたいならナイキを履く」というのがトップランナーの常識となっています。その勢いをマーケティングと絡めたことで、市民ランナーにもナイキのランニングシューズを選ぶ人が増えています。

日本国内で割りを食ったのはアシックスやミズノといった、これまでマラソン界を引っ張ってきたメーカーでしたが、世界的にみて苦しい立場に追い込まれたのがアディダスでした。

アディダスはBOOSTフォームを武器に時代を築き上げましたが、ナイキのヴェイパーフライが登場したことで、BOOSTは古い技術というような印象になり、そして、ナイキのシューズを履いた選手が結果を出し続けたことで、アディダスがランナーの選択肢から消えつつあります。

では、アディダスはもう終わってしまったのかというと、そうではありません。

先日行われた、ランニングマガジン・クリールのシューズトライアルにブース出展していたアディダスが用意したのは、アディゼロ ジャパン4とアディゼロ ボストン8、そしてソーラーブーストの3種類。

この中でボストン8を履いて走った瞬間に、アディダスはまだ諦めていないというメッセージを強く感じました。ボストン8のソールはこれまでになく細く感じて、「こんなに小さくて大丈夫だろうか」と心配になりましたが、走ってみて驚きました。

シューズの無駄を限界まで削ぎ落とし、小さなソールを無駄なく使い切る設計になっています。それでいて、これまでに感じたことのないほどの強い反発力をBOOSTフォームから得られることができます。

BOOSTフォームが苦手でアディダスのランニングシューズを履かなくなった人もいると思います。私もそうだった時期があるので分かります。ところがモデルチェンジごとにBOOSTフォームの扱いが洗練されていき、そしてボストン8で完成の域に到達したのではないかと感じました。

ナイキが台頭するまで、ランニングシューズは「靴」でした。ですので、各メーカーは「いい靴」を作ろうと躍起になっていました。ミムラボの三村さんがシューズ業界で神様のようになっているのも、そのためです。

ところが、ナイキはランニングシューズを「靴」ではなく、「ランニングギア」として再定義しました。

経験則ではなく、科学的に正しいシューズを解析という手法で作り上げたのがヴェイパーフライを始めとするズームシリーズです。これまではシューズをランナーに合わせていましたが、ナイキはランナーがシューズに合わせるという手法を採っています。

例えばアシックスと契約しているランナーは、自分の足型を計測して、その計測によって木型を作り、世界にひとつだけのシューズを作ってもらいます。でも、ナイキは個別にシューズを作ることはしません。

契約選手であっても市販品のランニングシューズを履きます。

科学的に正しく作られたシューズなのだから、それにランナーが合わせるべき。傲慢なように思えますが、それはランニングシューズ業界の常識を打ち破り、結果として多くのトップアスリートにまで普及することができました。

選手に合わせてシューズを作っていたら、ここまで多くの選手がヴェイパーフライを履いてスタートラインに立っていません。ナイキはそんな調整など必要ないくらいにスペシャルなシューズを作りました。

そして、アディダスもその道を選んでいるように感じます。ミムラボとの契約を更新しなかった時点で、その流れは出来つつあったのかもしれません。アディダスも科学的に正しいシューズとしてボストン8を作り出しました。

その走りやすさというのは驚異的で、サブ3を狙う市民ランナーのファーストチョイスになると言っても過言ではありません。非常に完成度が高く、そして驚くほど安いランニングシューズがボストン8です。

ランニングシューズが2万円することにもう驚くことはなくなりましたが、アディゼロ ボストンは定価で12,000円です。アディダスの最新テクノロジーとノウハウを詰め込んだ1足なのに、この価格で勝負してくる。

私は今シーズンの勝負シューズをシューズトライアルで探そうと思っていましたが、ボストン8は「これで走れば確実に結果が出せる」と思わせてくれる1足でした。ただ、それはアディゼロ ジャパン4を履いた瞬間に間違いだったことに気づかされました。

ボストン8が完璧なシューズだと思っていたのに、アディゼロ ジャパン4はそれを凌駕する仕上がりになっています。アディゼロ ジャパンは海外では別の名前がついていますが、世界記録を樹立したこともあるシューズです。

それゆえに、すでに完成の域に達していたものを、こちらも同じように徹底した見直しと解析を行ったのでしょう。足入れをして、コースに向かう途中から特別な雰囲気を漂わせ、気分が高揚している自分に気づきました。

まるで戦場に向かう戦士のように闘気が湧き上がり、最初の1歩から自分の期待に応えてくれる走りをしてくれました。まるでシューズが自分の体の一部にでもなったような感覚。

ジャパン4は「靴」と「ランニングギア」のハイブリッド。そんな印象を受けました。「ランニングシューズは道具ではなく相棒だ」そんなメッセージがシューズに込められています。

アディダスはランニングシューズをランニングギアとしながらも、「靴」であるという部分を完全には手放していませんでした。それが今後の展開で、アディダスの強みになるような気がします。

ちなみにボストン8は踵側でBOOSTを効かせるシューズですが、ジャパン4は前足部でBOOSTを効かせます。

このため、ボストン8ほどの削ぎ落としはありませんが、BOOSTフォームの反発が、歴代のジャパンと比べても明らかに違います。踏み出した力がまったく逃げることもなく、まっすぐに返ってきます。

700mでタイム測定をしましたが、ボストン8は2分32秒(3:43/km)で、ジャパン4は2分25秒(3:34/km)というタイムでした。ジャパン4はこの日に履いたシューズの中で、最も良いタイムを記録しています。

これは私の走り方との相性による違いもありますが、大事なのはアディダスは現状維持で満足することなく、いずれやってくる反撃の日に備えて、着々と技術力を高めているという点です。

今は日の目を見ない状態にありますが、決して白旗を揚げずに、挑戦的に新しいランニングギアを開発しています。ただし、シューズが主役なのではなく、ナイキが手放した「シューズがランナーに寄り添う」という感覚も残しつつ。

栄枯盛衰という言葉がありますように、ナイキの時代が永遠に続くわけではありません。いずれ時代の流れが変わり、別のメーカーが覇権を握ることになるはずです。その前に激しい競争が行われるはずです。

その競争に打ち勝つだけの準備を黙々と行っている。

最近は以前のような派手な宣伝を控えているところからも、アディダスが力を蓄えていることが分かります。まるで第2集団の後方で飛び出すのを虎視眈々と狙っているランナーのように。

だからこそ断言できます。「アディダスは沈まない」と。

もちろん、他のメーカーも黙って耐えているわけではありませんが、いかんせん資金力が違います。ランニングシューズを靴ではなく、ランニングギアとして開発するには膨大な資金が必要になります。

そうなると次世代の競争に生き残れるメーカーは限られています。

アディダス vs ナイキの第1ラウンドはナイキの圧勝となりましたが、まだこの争いは始まったばかりです。第2ラウンドで体力の消耗を避けて守りに徹したアディダスが、どのタイミングで反撃に出るのか、ランニングシューズ好きとしては期待せずにはいられません。