東京マラソンや東京レガシーハーフマラソンなどを主催している一般財団法人 東京マラソン財団(以下、東京マラソン財団)は、ほとんどのランナーにとって、東京マラソンなどのマラソン大会に参加するときだけ意識する存在かもしれません。
しかし、東京マラソン財団はマラソン大会の運営だけでなく、ランニングを通じて健康増進や豊かな都市づくりにつながる活動も行っています。その活動のひとつが、小学生や中学生に東京マラソンを体験してもらうイベント「ミニ東京マラソン」です。今回は、「ミニ東京マラソン」がどのようなイベントなのか、渋谷区原宿外苑中学校で開催された内容をレポートしていきます。
ミニ東京マラソンの目指すところ
まずは、東京マラソン財団が「ミニ東京マラソン」を通じて、どのような未来を思い描いているのかについて説明します。「ミニ東京マラソン」の目的は以下の4つです。
ミニ東京マラソンの目的
- 子どもたちのスポーツ基礎力を高め、陸上競技やランニングへの興味関心を高める。
- 子どもたちにスポーツやランニングの様々な楽しみ方を知ってもらう。
- 日常的にスポーツやランニングに親しむことで、生涯を通じて、スポーツやランニングを実践しながら健康で文化的な生活を送れるよう、フィジカルリテラシーを育む。
- スポーツを通じて、コミュニケーションや自己表現方法などの社会適応能力を体得しながら、ルールやマナーの大切さを学んでもらい、ハラスメントの被害者・加害者になることを未然に防ぐ。
具体的には、対象となる小学校や中学校の生徒が東京マラソンを丸ごと体験することで、さまざまな経験を通して学びを深めてもらうことを目指す活動になります。この活動は東京マラソンチャリティや東京レガシーハーフマラソンチャリティで「東京マラソン財団スポーツレガシー事業」を選択された方の寄付金を活用し行われています。
なぜ東京マラソン財団がそんなことをするの?と疑問に思う方もいるかもしれません。
東京マラソンがこれからも、未来にわたって続いていくことを想像してみてください。10年後、20年後も同じ規模で開催するには、当然ですがマラソンを走るランナーが必要です。しかし、現役のランナーはいずれ引退します。そのため、持続可能な状態を保つには、若い世代に東京マラソンへの関心を持ってもらう必要があります。
ただし、東京マラソンはランナーだけのものではありません。東京マラソンのコンセプトが 「走る喜び(ランナー)、 支える誇り(ボランティア)、 応援する楽しみ(応援者)」が示すように、支える人がいて、応援する人がいて成り立ちます。
「ミニ東京マラソン」では、これらすべての側面を生徒に体験してもらうことを目指しています。
さらに、世界のトップレベルで競技をしてきたアスリートが生徒をサポートしてくれるのも、大きな特徴のひとつになります。アスリートの体験談や競技への向き合い方を直接聞ける機会は、生徒にとって貴重な経験となり、人生のターニングポイントになる可能性もあります。
生徒を3チームに分けて3つの役割をすべて体験
今回、ミニ東京マラソンの会場となったのは渋谷区原宿外苑中学校で、2年生の3クラスが参加しました。その3クラスをそのまま3つのチームとして、それぞれが以下の3つの役割を担いました。
- ボランティア&審判
- ランナー
- 応援
最初にAクラスがボランティア&審判、Bクラスがランナー、Cクラスが応援といった感じに担当を決め、競技が終了するとローテーションで役割を交代していきます。2回のローテーションを行うことで、すべてのクラスが全役割を経験できるというわけです。
それぞれのクラスには講師が付き、生徒に対してレクチャーを行いました。今回の講師として参加されたのは、以下の方々です。
- 川上優子さん(担当:ランナー)
- 徳田由美子さん(担当:ボランティア&審判)
- 澤野大地さん(担当:ボランティア&審判)
- 石澤ゆかりさん(担当:ボランティア&審判)
- 田中華絵さん(担当:ボランティア&審判)
- 黒田雄紀さん(担当:応援)
渋谷区原宿外苑中学校のグラウンドを使ったコースになっていて、1周340mのコースを4周+40mとなっています。途中で関門があり、関門を抜けられなかった生徒は、2人1組でブラインドでのランニングにチャレンジするという面白い試みも採用されています。
最も役割が多いのが「ボランティア」のチームで、スターターや周回カウント、関門管理やタイム計測など、実際に大会のボランティアスタッフや関係者が行う役割を分担します。
さらに、今回は「実況席」や「取材記者」としての動画撮影やインタビューなどもあり、本格的な大会運営を体験できる内容となっていました。給水テーブルの運営も「ボランティア&審判」担当の生徒たちが行いました。
講師はあくまでもサポートであり、必要なレクチャーを行った後は、生徒たちが自主的に行動する形式を取っていました。もちろん、生徒たちが戸惑う場面もありましたが、その際は講師が適宜アドバイスを与えたり、行動を促したりする形でフォローしていました。
自分の楽しめることが何なのかを見つけるきっかけになる
イベントを取材していて最も印象的だったのは、生徒たちが楽しそうに取り組んでいたことです。中学生という年齢特有の個人差もありますが、普段からお調子者としてクラスで人気のある生徒は、水を得た魚のように伸び伸びと活動していました。一方で、走るのが苦手な生徒も自分なりの全力を出して取り組んでいました。
しかし、ミニ東京マラソンで大事なのは、全員が同じモチベーションでひとつになることではありません。もちろん理想はそうなることですが、中学生ですので全力を尽くすことをためらってしまう生徒だっています。でもそれも成長のためには必要なこと。むしろ、そのような生徒こそ、ミニ東京マラソンで多くの気付きがあったように感じます。
みんなと一緒にはしゃげない。それは恥ずかしさからなのか、それとも単に自分がはしゃぐことが苦手なのか。その理由を考える機会が生徒に与えられたはずです。
積極的に自分の役割を果たそうとする生徒の中にも、リーダーシップを発揮して周りを巻き込んでいく生徒もいれば、与えられた役割を失敗することなくやり遂げることで安心感や達成感を得る生徒もいました。それぞれの個性が存分に表れており、先生方にとっても、生徒たちの普段とは違った一面を発見する機会となったかもしれません。
普段の授業とは異なり、与えられた役割の中でも自主性を求められる「ボランティア&審判」。自分が主役になりたい年頃でありながらも、誰かを支えるという重要な役割を担う「応援」。そして、自分の走りに集中する「ランナー」。それぞれの役割を体験したことで、生徒たちは「自分が何を楽しいと感じるのか」を考えるきっかけにもなったはずです。
もちろん、ミニ東京マラソンを経験したことだけで人生が大きく変わるわけではありませんし、この日に蒔かれた種が芽を出すのは5年後、10年後かもしれません。しかし、どのように向き合った生徒にも、それぞれの心に種が蒔かれています。そして、その種に水をやり続ければ、いつか必ず芽を出す日が来ます。
いつの日か、私が東京マラソンを取材した際に、「中学時代にミニ東京マラソンを走ったことが、ランニングを始めたきっかけです」と答えるランナーに出会えるかもしれません。それだけでなく、人生で大きな成功を収めた人が「ミニ東京マラソンが自分のターニングポイントでした」と語る日が来るかもしれません。
ミニ東京マラソンは、そんな未来を思い描きたくなるような体験が詰まったイベントでした。正直なところ、中学生のうちにこれだけ貴重な体験ができる生徒たちが少し羨ましくも感じました。ただそれ以上に、生徒たちの5年後、10年後を想像してワクワクしている自分がいました。
すべての学校で取り入れてもらいたい活動
今回の「ミニ東京マラソン in 渋谷区原宿外苑中学校」は、2時間目から4時間目までを使って開催されました。このイベントを実施するにあたり、多くの先生方が授業の調整や準備のための打ち合わせなどに奔走されたことと思います。
しかし、そうした苦労を感じさせることなく、生徒たちをしっかりと見守りながら取り組む姿勢が印象的でした。このイベントが単なる特別活動ではなく、生徒の成長を促す大切な授業の一環として位置づけられていることが伝わってきます。
おそらく実施までにはさまざまな困難や調整があったことでしょう。それでも「生徒に貴重な経験を積んでもらいたい」という先生方の思いが、それらの障壁を乗り越える原動力となったのでしょう。
できることなら、同じような経験をできるだけ多くの学校で取り組んでもたいたいところです。学校運営についてのまったくの素人ですので、このイベントを実現するためにどれほどの手間や努力が必要なのかを正確に理解しているわけではありません。しかし、生徒たちが得られる体験は、その努力に見合う価値があると感じます。
中学生の中には、自分の進路や将来について真剣に考え始めるタイミングを迎えている生徒もいるでしょう。ミニ東京マラソンを通じて、「マラソン」という言葉が「ただ走る」だけにとどまらないことを知ることで、視野を大きく広げるきっかけになるはずです。
また、小学生であっても、自分が何を楽しいと感じるのかを考えることで、将来の夢をより具体的に描けるようになる可能性があります。
私自身、好きなこと楽しいと思えることを仕事にしていますが、そのきっかけとなったのはランニングを始めたことにあります。私が経験したのはミニ東京マラソンではありませんが、ライターとして、運営者としてマラソン大会をさまざまな形で関わってきたからこそ、確信を持って言えることがひとつあります。
それは「マラソン大会に関わることで人生は大きく変わる」ということです。
だからこそ、ミニ東京マラソンという活動がさらに広がり、多くの生徒がこの体験を通じて自分の未来を切り拓くきっかけを得られるようになることを心から願っています。